斑尾高原のジャズフェスティバルは

斑尾高原が、ホテルを中心にペンションヴィレッヂを展開する新しい容の滞在型リゾートとして開発され10年を迎えようとしている1980年頃、開発10周年のメモリアルイヴェントの準備が話し始められた。イヴェントの一つに、冬はスキー場のゲレンデとなる芝生のスロープを客席にした野外のジャズフェスティバルが提案された。

1954年に始まった、アメリカ、ロードアイランド州のリゾート地ニューポートでのジャズフェスティバル、1958年、5回目のフェスティバルのドキュメンタリー映画、「真夏の夜のジャズ」。

これを見た13人のペンションの酒好きおやじ(当時は若者・・?)が夢を膨らませ動きはじめたのです。この中にジャズ好きな「あるじ」も居た訳です。

これは10周年を機に再度、斑尾高原をアピールし地域の活性化を図ることだったんで斑尾のペンションオーナーはじめ関係機関、関係諸団体等にご支援ご協力、ご理解して頂いたのは、本当にうれしかったです。こうした事が無かったら現実に成っていなかったと思います。

何から何まで、素人集団の手造りの中、理想はナンバーワン(恐れを知らない素人の強み)。No.1のリゾート「斑尾」、No.1のジャズフェス「ニューポートジャズフェスティバル」、No.1のビール「バドワイザー」。そして、No.1のアーチストを揃え、1982年7月27日 午前10時。スパイロジャイラの「モーニング ダンス」。ジェイベッケンシュタインのソプラノサックスから音が出たとき、 Budweiser Newport Jazz Festival in 斑尾 が日本のジャズの歴史に加わったのです。

スポンサーにビールメーカーを選んだのは、期間中、酒好きおやじがビールをタダで飲み放題を狙ったわけでは決してありません。

昼の、ジャズ ピクニックと夜の、ジャム セッション、一日中ジャズだらけを5日間、斑尾高原をジャズ ヴィレッジにしたのは、プロデュサー ジョージ ウェインのアイデアでした。期間中、斑尾高原にアーチストは滞在し、ステージ以外の時間は、お客さんとテニスをしたりソフトボールをしたり、アーチストたちも斑尾リゾートをエンジョイしてるんです。それは、今までの日本のジャズフェスティバルには無いものばかりでした。そして、盛り上げてくれたのがディジー・ガレスピー、カーメン・マクレエ、ジェリー・マリガン、マッコイ・タイナー、ロン・カーカー、フレディ・ハバード トニー・ウィリアムス、スパイロジャイラ、佐藤允彦、日野元彦、井野信義、ネイティヴサンといったメンバー。

標高1000メートルの大自然の中  太陽の下、芝生の上に寝っ転がってビールを片手に、好きなアーチストのジャズを聴く、パフォーマンスを見る、そして踊る。こんな贅沢なジャズフェスティバルは斑尾だけのものです。 ぜったい そうだよね・・・あるじ は自信満々で言い切ります。

1回から10回はバドワイザー、11回から13回はニッポンエクスプレス。ここから3年休み、1998年再開。15回から17回はシティーバンク・プライベートバンク、18回からはボーダフォンと、スポンサーのお世話になり、来年2004年は斑尾ジャズフェス20周年を迎えます。2004年で二十歳(はたち)になる斑尾ジャズ君は、大人の仲間入りをどんなかたちでみせてくれるのか楽しみですよネェ〜。そして、アメリカ生まれのニューポートジャズフェスティバルは生誕50周年を迎える訳ですネ。

斑尾ジャズにづ〜うっと関わって来た「あるじ」はジャズと酒好きが高じて、ペンションの1階を “JAZZY” という斑尾高原では唯一、いつでもジャズが聞こえるレストラン・バー にしてしまいました。

懐かしいジャズメンの写真が壁にいっぱい架かってて、いろんなジャンルのジャズが一日中流れてて、酒のメニューも豊富で手ごろな価格が喜ばれてます。・・・ちょっと宣伝。

ジャズフェス期間中、スタッフ、関係者、もちろんアーチストが顔を見せることもあります。10回目の来斑のジョン、3回目のエド、背が高いので入口の梁に頭ご注意(当店、あるじサイズの造りになってるんで)。1997年から気になってたし、写真も壁に架かってるダヴィッドの来店に期待。キャンディー、昨年はパパ来たよ〜・・・。 みんなでワーワー酒飲みたいね〜。

プロデューサーのジョージ・ウェインさん、ジョン・フィリップスさん、初めて斑尾に来て、お互いの抱負を話し、我が家のホールで「お抹茶」飲んだのもう22年も前のことになるんですね。

はなし変わるけど、あるじを呼ぶとき、普通、マスターとかオーナーとかおやじとかおじさぁ〜んとか呼ぶけど、 “JAZZY” のあるじ、ジョッシュ(Joshu)って呼んでくれると 結構うれしいです。 なんで? ジョッシュか・・・それはまたの独り言の時にでも、酒でも飲みながら。

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ダビッド・サンチェス(ts)とあるじ
斑尾 JAZZ FES 2003
レストラン・バー “JAZZY” にて

(2003年夏)